百済の最盛期を築いた第13代王・近肖古王の生涯を描いた物語。
高句麗の戦いと百済国内の争い(王様になるまで、王様になってから)の話。
日本との関わりのある話もある。七支刀など。
日本では百済をヒャクサイと読まずにクダラと読む。韓国語ではペクチェ。ドラマでは、建国時、パクチとも言っている。
百済の読み方「くだら」は、朝鮮の古語で「大村」や「大きな国」を意味する「クンナラ」に由来するらしい。
この説が正しいなら、当時の日本では百済を尊重していたのかも。
百済の第30代・武王(ソドン)の生涯を描いた薯童謠(ソドンヨ)では聖徳太子とのかかわりが描かれている回があったと思う。
つまり、百済は近肖古王の時代から日本と縁のある国なのかな。
ちなみに、近肖古王の「近」は過去に肖古王という同じ名前の王様がいたから重複した王様を区別するためにつけるらしい。